阪神大震災が起こった日

10年前の1月17日火曜日。
その日は前日から神戸に宿泊予定でした。
付き合っていた彼がホテルオークラ神戸で夜勤だったので
16日の夜に神戸に行って、17日は神戸で遊ぶ予定だったのですが
なぜか中止になったんです。今思えば、むしの知らせというかなんというか。
それでふてくされて寝てたとき、遠くのほうからゴーーーーーーーーっという
音が聞こえてきたかと思うと、ドン!!!と下からつきあげるような
振動があって、ガタガタから大きくゆ〜らゆ〜らとゆれだしました。
2階建ての2階のベッドで寝ていたのですが驚いて地震や!!と思い、
ゆれがおさまると部屋からでて祖父母、父母、弟の無事を確認しました。
それからすぐ電話がなって、彼が大丈夫か?うちは大丈夫。それから次の日まで
彼とは電話はつながらなくなりました。当時は携帯などありませんでした。
その後、停電になり、懐中電灯で家の中を点検し、父親はラジオをきき、
母親はおにぎりを作り始め、あまり危機感のなかった弟と私はあとの被害の大きさも
考えることなく、すごかったなと笑いながら話していました。
余震はすぐに訪れ、何度もゆれましたがそのゆれを楽しむかのようにすごしました。
テレビがついたときは、火事の様子、全壊家屋、神戸の人々の様子がうつされ
初めてことの重大さに気づいたのでした。
でも人事のようにしか思えず、その日デートの約束をしていた彼と連絡がつかない
ということだけにイライラしていただけだったのです。
ほんと子供だったなぁと思います。
それから1ヶ月後に、私は妊娠していることがわかり震災から4ヶ月後結婚式をあげ
10ヶ月後、無事出産したのでした。
あの日、神戸に宿泊していたらどうなっていたかわかりません。
1ヵ月後妊娠しているとわかったときも震災のことなど正直頭になく、
大学か、結婚かの選択だけを考えていたのでした。
10年たった今、思えることは、10年前は家族に守られるだけの子供だったのが
今度は子を守る母になっている自分がいて、子供を守ることの責任感、
不安、緊張感、危機感というものがいつも心にあります。
人生が変わっていたかもしれない10年前から今日まで、私の20代の10年間でした。
21で祖父をなくし、24で父をなくし、離婚し、引越しは合計8回、子供は二人。
いろんな別れや出会いを経験した10年でした。とても幸せだったとはいえないけれど
あの日、亡くなった方々のことを思うと今生きていてよかったとおもえます。
つらい経験をした人にしか人の傷をわかることはできません。
人のあたたかさもわからないでしょう。少しの喜びに涙することもないでしょう。
私は、10年でたくさん泣いて、たくさん笑って、たくさん学びました。
まだまだこれからも、子供たちとともに成長できる人生を与えられたことに
感謝して、30代の10年も本気、本音で生きて生きたいと思います。
天井のひび割れを見るたび、今も思い出します。